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2011年05月 アーカイブ

お初です。

初めまして。今日からブログを始めました。宜しくお願いします。


主に中古車情報や車の歴史などに触れていきたいと思います。


さて、早速ですが日本的生産システムにおけるコンセプトの喪失について。


これまで70年代のオイルショック以降80年代、日本的経営は「よいものを安くつくる」という象徴的イメージで理解され、その強い国際競争力は世界を制圧してきたといえるでしょう。


「よいものを安くつくる」のは、日本的経営といわれる経営の全般的システムによることもさることながら、実態的には日本的生産システムにもとつくものであることはいうまでもありません。

日本的生産システム

日本的生産システムのコンセプトは「よいものを安くつくる」ということにありました。


その象徴が日本車でした。


日本車は73年のオイルショック時、燃費効率のよい小型車として世界に輸出されはじめ、80年代にはその高品質と低価格による圧倒的に強い国際競争力で全世界を制圧してきたのです。


ところが90年代には、日本車のこのコンセプトは大きく変化してしまいました。


トヨタ自動車の中古車情報や発展過程をみると65~80年までは内需拡大を基調に価格も抑えながら1人当たりの販売台数を拡大してきました。


しかし80年代後半よりGMと同様の高付加価値化に転じていることがここには示されています。

日欧米の自動車

日欧米の自動車の世界市場へのアプローチをまとめた中古車情報があります。


途上国から先進国までを分類し、低価格車から高級車まで車種別の分類をしています。


アメリカのメーカーは国ごとに異なる消費者ニーズに合わせて車種体系を築いていくアプローチをとっています。


例えば同じGMでもアメリカとヨーロッパでは異なるモデルを開発・生産・販売しています。


また、ヨーロッパのメーカーは車種ごとに専門化しています。


例えば、ベンツは各国市場でほとんど同じモデルを横断的に販売しています。


しかし、フォルクス・ワーゲンとの間では大型車と小型躯との間で分業が成り立っています。


特定のジャンルに専門化しているのです。

日本のメーカー

日本のメーカーは、多数の国でフルラインの車種を販売するという特徴をもつことになりました。


70年代の日本のメーカーが先進国のニッチ市場でもあったエコノミーカーの小型車市場を対象とした時期から、次第に、途上国から先進国まで、中古車・エコノミーカーから高級ブランドまで世界の自動車市場を幅広く捉え、ローカル・メーカーのアメリカ・メーカーや単品メーカーのヨーロッパ・メーカーに対してグローバル・サプライヤーとしての体制を形成してきたのです。


しかし、このプロセスは同時に、日本的生産システムの「よいものを安くつくる」というコンセプトをあいまいにする方向でもありました。

日欧米の車のコンセプト

日欧米の車のコンセプトについて、MIT国際自動車プログラムのフォーラムで、藤本隆宏とキム・B・クラークの両氏が整理したものがあります。


アメリカ・メーカーは、アメリカ市場という世界最大で、金融ベースで圧倒的に大きな市場への戦略を最優先に考えてきました。


この結果は、コンセプトをもち、全体のイメージが「全目的型のロード・クルーザー、大きく、快適で、強力」で、アメリカ車を象徴する歴史的伝説でもありました。


中古車情報によれば、ヨーロッパ・メーカーはすぐれた技術的伝統にもとついて最高級車を生産してきたといいます。


国ごとに異なる消費者のニーズに応えるというよりは、あくまでもシーズ(Seeds=メーカーが提供する特定の製品)重視にウエイトがおかれてきました。

ヨーロッパ車のコンセプト

ヨーロッパ車のコンセプトは「ドライビング・マシン、レスポンスが良く、正確で、洗練されている」。


以上に対して日本車は途上国から先進国まで、またエコノミーカーから高級ブランドまで市場ニーズに対応させて多様な車を供給してきました。


この多様な車の供給は、日本的生産システムのJITと労働編成のフレキシビティによって可能となりました。


中古車情報によると、日本車のコンセプトは「折衷主義、セグメントにより異なる」ものでした。


個性のない車は自動車産業の量的拡大期には伸展できても、成熟期、不況期にはその影響を強く受けることになります。

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