日本のメーカー

日本のメーカーは、多数の国でフルラインの車種を販売するという特徴をもつことになりました。


70年代の日本のメーカーが先進国のニッチ市場でもあったエコノミーカーの小型車市場を対象とした時期から、次第に、途上国から先進国まで、中古車・エコノミーカーから高級ブランドまで世界の自動車市場を幅広く捉え、ローカル・メーカーのアメリカ・メーカーや単品メーカーのヨーロッパ・メーカーに対してグローバル・サプライヤーとしての体制を形成してきたのです。


しかし、このプロセスは同時に、日本的生産システムの「よいものを安くつくる」というコンセプトをあいまいにする方向でもありました。

日欧米の自動車

日欧米の自動車の世界市場へのアプローチをまとめた中古車情報があります。


途上国から先進国までを分類し、低価格車から高級車まで車種別の分類をしています。


アメリカのメーカーは国ごとに異なる消費者ニーズに合わせて車種体系を築いていくアプローチをとっています。


例えば同じGMでもアメリカとヨーロッパでは異なるモデルを開発・生産・販売しています。


また、ヨーロッパのメーカーは車種ごとに専門化しています。


例えば、ベンツは各国市場でほとんど同じモデルを横断的に販売しています。


しかし、フォルクス・ワーゲンとの間では大型車と小型躯との間で分業が成り立っています。


特定のジャンルに専門化しているのです。

日本的生産システム

日本的生産システムのコンセプトは「よいものを安くつくる」ということにありました。


その象徴が日本車でした。


日本車は73年のオイルショック時、燃費効率のよい小型車として世界に輸出されはじめ、80年代にはその高品質と低価格による圧倒的に強い国際競争力で全世界を制圧してきたのです。


ところが90年代には、日本車のこのコンセプトは大きく変化してしまいました。


トヨタ自動車の中古車情報や発展過程をみると65~80年までは内需拡大を基調に価格も抑えながら1人当たりの販売台数を拡大してきました。


しかし80年代後半よりGMと同様の高付加価値化に転じていることがここには示されています。

お初です。

初めまして。今日からブログを始めました。宜しくお願いします。


主に中古車情報や車の歴史などに触れていきたいと思います。


さて、早速ですが日本的生産システムにおけるコンセプトの喪失について。


これまで70年代のオイルショック以降80年代、日本的経営は「よいものを安くつくる」という象徴的イメージで理解され、その強い国際競争力は世界を制圧してきたといえるでしょう。


「よいものを安くつくる」のは、日本的経営といわれる経営の全般的システムによることもさることながら、実態的には日本的生産システムにもとつくものであることはいうまでもありません。